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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)612号 判決

原告 岡田海運株式会社

右代表者代表取締役 岡田信雄

右訴訟代理人弁護士 守山孝三

被告 東淡信用組合

右代表者代表理事 的崎紋次

右訴訟代理人弁護士 荻矢頼雄

同 土橋忠一

同 坂東平

同 西川道夫

同 彦惣弘

右荻矢頼雄訴訟復代理人弁護士 山本恵一

主文

一、被告は原告に対し、金二億円及びうち金一億円に対する昭和五一年一二月二七日より、うち金一億円に対する同五二年一月二六日より各支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は、原告において金五〇〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 主文一、二項と同旨

2. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 主位的請求原因

(1)  訴外株式会社栄晶(以下栄晶という)は、訴外柴橋商事株式会社(以下柴橋商事という)に対し、昭和五一年六月二六日別紙手形目録(一)記載の約束手形一通(以下目録(一)の手形という)、同年七月一日同目録(二)記載の約束手形一通(以下目録(二)の手形といい、目録(一)の手形と併せて本件各手形という)を、いずれも受取人欄を白地とし、受取人又は以後の手形所持者に同白地部分の補充権を授与して振出した。

(2)  被告はそのころ柴橋商事に対して、栄晶の本件各手形債務につき手形外のいわゆる民事保証をした(以下本件各保証という)。

(3)  柴橋商事は原告に対して、同年六月二八日に目録(一)の手形、同年七月二日に目録(二)の手形をそれぞれ譲渡し、受取人欄白地のまま交付した。

(4)  原告は、本件各手形の受取人欄に原告名義を補充のうえ、目録(一)の手形については同年一二月二七日、目録(二)の手形については同五二年一月二六日それぞれ支払場所に呈示したが、いずれも支払を拒絶された。

(5)  原告は、現に本件各手形を所持している。

(6)  よって、原告は被告に対し、保証債務の履行として、合計手形金二億円及びうち金一億円については目録(一)の手形の満期後である昭和五一年一二月二七日より、うち金一億円については目録(二)の手形の満期後である同五二年一月二六日よりいずれも支払ずみに至るまで、手形法所定年六分の割合による利息金の支払を求める。

2. 予備的請求原因

(1)  本件各保証(主位的請求原因2)は、当時被告の代表理事であった中谷慶二が、その職務を行うにつきなしたものというべきところ、それが被告の目的の範囲外の行為または目的違反行為として無効であるとしても、同人においてこのことを知り又は知りうべくしてなしたものである。したがって、被告は、民法四四条一項の規定により中谷慶二の右行為により生じた損害を賠償すべき責任がある。

(2)  ところで、原告は右保証が有効と信じ、柴橋商事に割引金を支払って本件各手形を取得したのに、額面合計金二億円の回収ができず、このため同額(得べかりし利益として手形法所定年六分の割合による履行期到来後の利息を含む)の損害を蒙った。

(3)  よって、原告は被告に対し、損害賠償債務の履行として金二億円及びうち金一億円については履行期到来後である昭和五一年一二月二七日より、うち金一億円についても同旨の同五二年一月二六日より、いずれも支払ずみに至るまで年六分の割合による金員の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 主位的請求原因(1)のうち、白地補充権を授与したとの点は不知。その余の事実は認める。

2. 同(2)の事実は認める。

3. 同(3)の事実は不知。

4. 同(4)の事実のうち、原告名義が補充されたことは不知。その余の事実は認める。

5. 予備的請求原因(1)のうち、本件各保証が当時被告の代表理事であった中谷慶二によりなされたものの、被告の目的の範囲外の行為であり、目的違反の行為であることは認めるが、主張はいずれも争う。

6. 同2の事実は不知

三、主位的請求原因に対する抗弁

1. 本件各保証は、被告の目的の範囲外の行為として無効である。

被告は、中小企業協同組合法(以下協同組合法という)に基づいて設立された信用協同組合(以下信用組合という)であって、その行う事業につき規定する同法九条の八の一、二項列挙と同一の事業を定款に目的事業として掲げ、その事業遂行に必要な範囲においてのみ権利能力及び行為能力を有するところ、本件の如き非組合員に対する手形外のいわゆる民事保証は、右法条及び定款所定の事業に該当しない。このことは、大蔵省銀行局長信用組合基本通達(昭和四三年八月三一日蔵銀第一三五〇号)のうち「資金運用指導要領3・(3)債務保証」の項に、債務保証を、金融機関等の業務の代理に附随して行う場合に限定していることによっても明らかというべきである。従って、本件各保証は、冒頭に述べたように被告の目的の範囲外の行為として無効である。

2. 仮に、前項の主張が認められないとしても、本件各保証は、被告の目的に反し無効である。

(1)  被告は、兵庫県津名郡及び神戸市を地区とし、地区内における組合員の相互扶助を目的とするだけに、その組合員資格については、協同組合法八条四項に厳格な制限規定があるところ、栄晶は、右法条を潜脱し、専ら被告と取引をするため名目上の組合員資格の取得を目的として、何ら実体のない支店を津名郡に設置したものである。従って、本件各保証は、実質的には非組合員のためになされたもので、目的違反行為として無効というべきである。

(2)  また、被告は預金総額が僅かに三〇億円程度であるところ、協同組合による金融事業に関する法律四条の二によれば、被告の一組合員に対する貸付限度額は、自己資本(出資の額及び準備金の合計)約一億二〇〇〇万円の二〇パーセントに相当する約二四〇〇万円である。しかるに組合員ともいえない栄晶に対する融資総額が四億円以上に達している。しかも、被告が栄晶に対して有していた極度額一〇億円の根抵当権の目的物は保安林であって、私人間の通常取引においては交換価値が極度に低く、本件各保証による求償権だけを考慮しても、担保として不十分であった。そうかといって被告は本件各保証につきそれ相当の保証料を徴しているわけでもないから、被告の経済的基礎を危くし、その組合員に対して多大の不利益を生ぜしめるものである。

以上の次第であるから、本件各保証は、専ら栄晶の利益を図るためになされたもので、被告の目的に反し無効である。

3. 本件各保証は、民法九三条但書の類推適用により無効である。

被告の代表理事であった中谷慶二は、前項で述べたとおり、栄晶の利益をはかるため、十分な担保や保証料をとらず、ほしいままに二億円にものぼる本件各保証をした。これは、同人の権限濫用行為である。

他方、被告の如き小規模な信用組合にあって二億円もの保証をするときには、柴橋商事においてその異常性に思いをいたし、中谷の権限、保証をするに至った理由、担保物件の有無・所在地・評価、保証手続の適法性等について十二分に調査するべきであった。とりわけ同商事は、被告の栄晶への貸付枠がいっぱいであると知っていたのである。さらに前述のとおり、担保物件に提供されているのは保安林であり、交換価値が低く、場合によってはその価値さえもつけ得ないことはすぐに判明したはずであるし、その他の点についても容易に調査しえたのである。しかるに同商事は必要な調査を尽さず、単に中谷の説明を軽信したものである。従って同商事には中谷の権限濫用を知りうべき事情があったというべきである。すると、本件各保証は、民法九三条但書の類推適用により無効である。

4. 以上いずれにしても、本件各保証は無効というべきであるから、被告としては、柴橋商事より保証債権を譲受けたという原告に対し、同債務を履行すべき義務を負うものではない。

四、抗弁に対する主張

1. 抗弁1のうち、被告が協同組合法に基づき設定された信用組合であって、被告主張の法条所定と同一の事業を、定款に目的事業として掲げていることは認めるが、その主張は争う。現在の信用組合は、信用金庫と並んで、中小企業を対象とする受信、与信の金融事業を主とする一般金融機関である。金融機関が手持資金を顧客に貸付けることは、主たる業務の一つであるが、その枠がいっぱいの場合に、当該金融機関が債務保証をして、他の資金の余裕のある機関から顧客に金融を得させることは、今日しばしば行なわれている。そうだとすれば、本件各保証は、経済的には得意先貸付に類する行為であり、協同組合法九条の八の一項四号にいう金融業務に附帯する事業として、被告の目的の範囲内に属するというべきである。被告主張の通達は、取締規定であって、同通達による債務保証の制限基準に反した保証について行政監督上の措置を受けることは格別、私法上の効果に影響を及ぼさない。

2. 抗弁2の(1)につき、栄晶は名目上のみならず、実質的にも被告の組合員であった。即ち、栄晶は被告の承諾を得て出資の払込を了したうえ、数か月に亘り被告と信用組合取引をして来たのであって、その資格に欠けるところはない。

仮に栄晶が名目上の組合員であったとしても、被告は右の如く栄晶を組合員として取扱っていたのであるから、今更、本件各保証につきそのような主張をして責任を回避することは、禁反言の法則に反し、権利の濫用として許されるべきことではない。

従って、本件各保証が被告の目的違反として無効であるとの主張を争う。

3. 抗弁2の(2)につき、被告は栄晶との取引につき担保の提供を受けており、本件各保証に当っても、栄晶から保証手数料を徴しているのである。しかも、本件各保証という被告の与信行為により栄晶が他から得た金員の一部を、栄晶の被告に対する債務の支払に当てられるものであったから、いわば本件各保証は被告のためでもあった。

ただ、結果的に被告の代表理事中谷や担当者が担保物の価値の評価を誤ったことが、被告を窮地に陥れているにすぎないのであって、この点を除く取引の態様からいうなら、本件各保証は被告の目的違反とはいえない。従って、この点の被告の主張も争う。

4. 抗弁3のうち、中谷慶二が被告の代表理事であったことは認めるが、その余の事実は否認し、主張を争う。殊に、本件各保証は代表理事中谷のほか、理事兼営業部長の谷田や総務部長も関与し、この種の金融機関において普通に行われている程度の額の保証を行ったにとどまり、何らの不安材料もなかった。それに、柴橋商事の社長は、わざわざ被告方に赴いて中谷慶二と面談し、本件各保証の意思を確認したというにとどまらず、同人から栄晶への融資を依頼された次第である。従って、柴橋商事としては、本件各保証につき通常なすべき調査を実施しており、非難されるべき筋合はない。

五、再抗弁

仮に、本件各保証につき民法九三条但書の類推適用ありとしても、原告は、柴橋商事から手形割引による本件各手形の取得に随伴して、中谷の権限濫用の事実を知らずに本件各保証債権を譲り受けた善意の第三者である。従って、被告は原告に対し、本件各保証の責を免れえない。

六、再抗弁に対する被告の反論

原告は、柴橋商事から指名債権の方法により本件各保証債権を譲り受けたもので、被告に対する柴橋商事の本件各保証債権の瑕疵は、原告に対しても主張しうる。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因1ないし4について

栄晶がいずれも受取人欄の記載を欠く本件各手形を柴橋商事に振出し、被告が柴橋商事に対し、右各手形債務につき保証をしたことは当事者間に争がなく、〈証拠〉によれば、本件各手形は約束手形用紙を用いているのであって、栄晶が手形の受取人欄を白地とし、その補充権を受取人又は以後の手形所持人に与える趣旨で振出したこと、原告は、受取人欄白地のまま本件各手形を柴橋商事から交付されて譲受け、同欄に原告名義を補充したうえ、支払期日に支払場所に呈示したこと(この呈示の点は当事者間に争がない)、しかし、支払は拒絶されたことが認められる。

そして、原告が本件各手形を所持している点は、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべきである。

二、そこで、被告の抗弁について判断する。

1. 被告は抗弁1の項で、本件各保証が被告の目的の範囲外として無効であると主張する。

被告が協同組合法に基づいて設立された信用組合であって、その行う事業につき規定する同法九条の八の一、二項列挙と同一の事業を、定款に目的事業として掲げていること、本件各保証については不動産が担保として徴求されていること、以上の事実は当事者間に争いがない。

ところで、法人の行為が当該法人の目的の範囲内に属するかどうかは、被告のような営利を目的としない法人にあっても、その行為が法令及び定款の規定に照して法人としての活動上必要な行為でありうるかどうかを客観的、抽象的に観察して判断すべきところ、これを本件についてみるに、被告の事業目的は組合員に対する金融業務であるから、その組合員のために組合員の負担する債務につき保証することは、その事業に付帯する業務(協同組合法九条の八の四号)としてその目的の範囲内に属し、有効であると解すべきである。

もっとも被告主張の大蔵省銀行局長通達(乙第六号証)の一部改正通達(昭和四七年二月五日蔵銀第二二九号、乙第七号証)によれば、信用組合が担保を徴求して債務保証をするには、当該組合に対する預金及び定期積金、または支払準備資産となる有価証券を担保とする場合に限る旨を定めていて、本件のような不動産を担保とすることは認められていない。しかしながら、右の通達は、信用組合の堅実な運営を期するための指針であって、関係職員らがその拘束を受けることは当然としても、法令の解釈上、不動産を担保とする保証が是認されないとの趣旨まで含むものとは解し難い。また、乙第九号証及び証人中谷慶二の証言のうち、前記説示に反する部分は採用できない。

従って、本件各保証が被告の目的の範囲外として無効であるとする抗弁は、失当として排斥を免れない。

2. 次に、被告は抗弁2の(1)の項で、本件各保証が非組合員である栄晶のためになされた目的違反行為として無効であると主張する。

被告が兵庫県津名郡及び神戸市を地区とし、地区内における組合員の相互扶助を目的としていることについては、原告において明らかに争わないから自白したものとみなすべきである。そして、被告の組合員資格については、協同組合法八条四項に制限規定が存することはいうまでもない。

ところで、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告は定款に右法条と同旨の組合員資格に関する規定のほか、加入手続を定めていること、栄晶は大阪市に本店を有する不動産業者であったところ、昭和五一年三日初旬頃被告との取引を希望し、被告もこれを受け入れることにしたため、被告の地区内である兵庫県津名郡に支店登記をすると共に、出資を含めて被告の定款所定の加入手続を了し、普通預金口座を設けて被告との取引を始めたこと、以上の事実を認めることができる。

右認定事実のほか、栄晶が右支店登記に符合する事業を営んでいたと認めるに足る資料はないのであって、被告との取引をするための方便の感を深くするのであるが、それにしても被告の代表理事中谷はそのことを承知のうえで加入手続をさせて預金を受入れ、担保を徴して取引をしていることに鑑みるなら、栄晶をなお被告の組合員というに妨げないというべきである。

以上考察のとおりであるから、栄晶のためにした本件各保証が、被告の目的に反するとは認め難く、この点の被告の抗弁も理由がなく採用できない。

3. また、被告は抗弁2の(2)の項で、本件各保証が専ら組合員ともいえない栄晶の利益を図るためになされたから、被告の目的に反し無効であると主張する。

先ず、栄晶が組合員といえないとの主張は、前項の説示からも明らかなように失当というべきである。

ところで、被告に対する預金総額が三〇億円程度であり、被告主張の法条に準拠した被告の一組合員に対する貸出最高限度が、自己資本約一億二〇〇〇万円の二〇パーセントに相当する約二四〇〇万円であることは、原告において明らかに争わないから自白したものとみなすべく、また、被告が栄晶に対する債権の担保として保安林につき極度額一〇億円の根抵当権の設定を受けていることは、当事者間に争いがない。そして、後述のように右担保価値は極めて低いにかかわらず、本件各保証の額は、前述のとおり法によって定められた被告の貸出限度額をはるかに超えたものである。以上の事実によれば、確かに本件各保証は栄晶の利益になるだけで、被告の信用のみならず資産を危くし、一般組合員の保護を損う危険性を含んでいるといわなければならない。しかし、当該法人の目的は、客観的、抽象的に考えられねばならないことはさきに説示したとおりであり、この観点にたてば、担保の目的物の担保価値や保証額に問題が存することを根拠として、本件各保証が目的の範囲を逸脱しているか否かを論ずるのは筋違いというほかなく、被告のこの抗弁も排斥を免れない。

4. 最後に、被告は抗弁3の項で、本件各保証が被告の代表理事の権限濫用行為として、民法九三条但書の類推適用により無効であると主張する。

なるほど所論のように、被告の代表理事がその権限を踰越または濫用して、本件各保証の如き行為をしたとして、相手方がそのことを知りまたは知り得べかりしときは、民法九三条但書の類推適用によりその代表理事の意思表示を無効とするのが相当である。

(1)  そこで、先ず本件各保証が被告の代表理事の権限踰越または濫用行為に該当するか否かについて検討する。

被告の事業地区や預金受入れ額などは、既に説示のとおりであるところ、本件各保証がなされた当時、中谷慶二が被告の代表理事であったことは、当事者に争がない。

そして、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(イ)  被告の代表理事中谷(以下単に中谷ともいう)は、昭和五一年三月初旬栄晶の代表取締役大江三郎及び取締役財津和男より、その関連会社である光洋土地開発株式会社が兵庫県美方郡に所有する保安林一三六万四六〇〇平方メートルが近く国(環境庁)により買収される予定なので、その買収金のうち約五億円を被告に預金するから、それまでの資金繰りのために融資をして欲しい旨の申込を受けた。当時金融業界では預金獲得競争が熾烈を極めていた折柄、中谷はこの申込みに乗り気となり、預金額の増大を期待して栄晶との取引を承諾した。そこで、栄晶は、さきに説示の諸手続を経て被告の組合員となり、五〇〇万円の普通預金をかわきりに、一〇〇〇万円ないし一五〇〇万円の定期預金をした。

(ロ)  中谷は、同年四月上旬頃までかかって、右保安林の買収が実現するか否かの調査を進め、その買収につき重要な役割を果しているという国会議員にも面談した結果、同年九月頃には確実に買収されるとの判断に達した。そこで被告は、右保安林に極度額を一〇億円とする根抵当権の設定を受け、更に前記光洋土地開発株式会社が金沢市菊水町に所有する保安林一三筆及び山林五筆をも追加担保として徴した。もっともこれらの不動産殊に保安林の本来の担保価値は、右極度額に見合うものでなく、極めて低いものであった。

(ハ)  かくして、被告は中谷が中心となって、求められるまま栄晶に対し、同年三月末から翌四月にかけて、一〇〇〇万円、次いで二〇〇〇万円、さらに貸付審議会の議を経たとはいえ、二億円の融資を実行した。この二億円の融資は前記通達の除外事由を考慮しても、一組合員に対する貸出限度額を遥かに上廻るものであった。

しかし、中谷は栄晶の大江らが前記美方郡の保安林の周辺地をも買取り、それらを含めて国の買収に応ずれば一層有利であると言うのを信用し、被告として右買取資金の調達に協力することにした。その協力方法として若干の経緯が介在するが、要するに、栄晶が額面合計四億円といった約束手形を振出し、被告においてこれに保証するということが繰返された。本件各保証もかかる趣旨のものであって、中谷の一存より行われたものである。

以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

ところで、被告の右の如き保証がその業務の執行に該当することはいうまでもないところ、協同組合法三六条の二によると、組合の業務の執行は理事会が決することになっていて、前掲乙第四号証の被告の定款によっても中谷が一存でなしうることを肯認すべき定めは見出し難い。それに、さきに説示したことからも明らかなように不動産を担保とする保証は内部的に禁じられており、もとより中谷もこの拘束を受くべき関係にある。

してみれば、本件各保証は、中谷が被告の代表理事としての権限を踰越、濫用して行ったものと断ずるのが相当というべきである。

(2)  よって、本件各保証の相手方である柴橋商事において、中谷の権限踰越、濫用を知り、または知りうべき状況であったか、否かにつき論を進める。

〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

(イ)  柴橋商事は、映画興業及び紡績業を営む会社であったが、昭和四二年から手形の売買業に手を染め、昭和五一年ころには、手形割引高年商一〇〇億円と公称するほどで、柴橋秀彦(以下柴橋という)がその社長である。

(ロ)  柴橋は、前同年六月二〇日ころ、同業者から栄晶振出の手形割引の打診を受け、被告の保証があるなら応じてもよいと考えて、同月二六日、その点の調査確認のため被告を訪れ、中谷に面接したところ、中谷が栄晶との取引につき担保台帳を示しながら、極度額一〇億円の担保物件を徴していること、そのうち美方郡の保安林は、同年一一月一五日に約一〇億円で国に買収され、その金員が被告に入ること、更に、この点につき自己がなした前記調査の次第などを説明して柴橋の理解を得たうえ、目録(一)の手形の保証を約し、その債務保証の旨を石井総務部長に命じて書面に作成させ、被告の印鑑証明書などと共に、柴橋に交付した。

(ハ)  同年七月一日にも中谷は柴橋に対し、目録(二)の手形の保証を約して、その債務保証の旨を理事を兼ねる谷田営業部長に命じて書面に作成させ、柴橋に交付した。

以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、柴橋商事として通常必要な調査を尽くしていると言ってよく、しかも中谷の権限踰越、濫用を知っていたとか、知りうべき状況にあったと認めるに足りないというべきである。

もっとも、証人中谷慶二の証言中には、柴橋が昭和五一年六月二六日前認定のとおり被告を訪れる四、五日以前に、外部に出廻っている被告が関係する栄晶振出の手形のコピーを持参して中谷を尋ね、それら手形の回収につき協力を申出たという部分が存するところ、これを虚偽と断ずるのは早計であるが、もし同証人のいうとおりの経緯があったとすれば、さきに認定した二回に亘る柴橋に対する応接が、違った様相を呈するとか、少くともその点が話題にのぼってしかるべきではないかと察せられるのであって、いずれにせよ右証言はたやすく措信できない。

三、以上の次第であって、被告の抗弁はいずれも採用するに由なく、原告の主位的請求は理由がある。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、担保を条件とする仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田眞 裁判官 島田清次郎 塚本伊平)

〈以下省略〉

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